| 2006 |
オペラ「黒船」ヘアーメイク、衣裳担当。(リンカーンセンター) |
| 2005 |
N・Y・B・S CREATIVE ARTSスタジオを5番街に移転。
『AKEMI SONEのニューヨーク流「水肌メイク」』株式会社サンマーク出版よりブックスデビュー。 |
| 2002 |
「Red」トータルビューティーコレクション開催
(ウェスティンホテル大阪 / ホテルグランパシフィック・メリディアン東京
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| 2000 |
NEW YORK BEAUTY SPACE 改め、正式名N・Y・B・S CREATIVE ARTS スタジオ開校 |
| 1999 |
NEW YORK BEAUTY SPACE ニューオフィスをグランドセントラル、ザ・グレイバーに開設。 |
| 1998 |
「ロックフェラー・フラワー&ガーデンショー
’98 by AKEMI SONE スペシャルコレクション」発表(ロックフェラーセンター)。ショー後の作品展示は3週間で300万人の動員を記録。 |
| 1997 |
国際連合スタッフデーにて「’97 AKEMI SONE スペシャルコレクション」発表
(国際連合・本会議場)。
MIKIMOTO AMERICA LTD. AKEMI SONE デザインスカーフ発表。 |
| 1996 |
AKEMI SONE ブティック、ミッドタウンにオープン。
世界三大テノール、プラシード・ドミンゴのプライベートコレクション制作。
NEW YORK BEAUTY SPACE,INC. 設立。
スキンケア・ライン「DERMA SYSTEM」発表・設立。
メイクアップ・ライン「N・Y・B・S」発表・設立。 |
| 1994 |
NEW YORK BEAUTY SPACE スタート。
マイケル・ジャクソン、プライベートコレクション制作。
’94秋冬ニューヨークコレクション発表(ウォルドルフ・アストリアホテル)。
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| 1993 |
’94春夏ニューヨークコレクション発表「7th on sixth」(ブライアントパーク)。 |
| 1992 |
’93秋冬ニューヨークコレクション発表(アトリエにて)。
IMEKA NEW YORK Co.,INC.に社名変更。
Hakuhodo Advertising America Inc.のビジュアルディレクターとして、コンサルタントライセンスを結び、Tsumura Internationalの新製品、デザイン、企画、イメージグラフィック、プロダクションに至るまでを総合プロデュース。
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| 1991 |
’92秋冬ニューヨークコレクション発表(アトリエにて)。 |
| 1990 |
’91春夏ニューヨークデビューコレクション発表(ザ・ロイヤルトンホテル)。
ラトーヤ・ジャクソン湾岸戦争戦士への慰問コンサート、コスチュームデザイン、制作。
グローバー・ワシントン Jr. ステージ・コスチュームデザイン、制作。
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| 1989 |
ニューヨークに移住。
AKEMI SONE STUDIO設立。 |
| 1987 |
「きもの衣絽覇(いろは)by AKEMI SONE」(株)じゅらくより発表(京都見本市)。
オリジナルきものブランド「AKEMI SONE」デザイン、プロデュース、(株)じゅらくより発表。
「ステファニー&AKEMI SONE・ロックとKIMONOショー」制作・プロデュース(パルコ劇場)。 |
| 1986 |
オリジナルきものブランド「曽根あけみ」デザイン、プロデュース、安田多七(株)より発表。
オリジナル振袖ブランド「遊貴東」デザイン、プロデュース、安田多七(株)より発表。
オリジナルブランド「流布」デザイン、プロデュース、(株)東レ・ル・モンド光洋より発表。
「緋魅(あけみ)KIMONOファッションパフォーマンス」発表(青山スパイラルホース)。
芸術祭参加作品「オフィーリア」衣裳デザインと総合コーディネイト、芸術祭賞受賞(国立劇場)。
オペラ舞踊「リア王」衣裳デザインと総合コーディネイト(青山円形劇場)。 |
| 1985 |
新潟雪祭りきものショー総合、演出プロデュース。 |
| 1984 |
「日米エアロビクス・インストラクター・コンテスト」スペシャルゲスト。
きものパフォーマンス「白夢紅(しろむく)」制作・プロデュース(ハワイ / ホノルルNBCアリーナ)。
「セリーヌきものコレクション」日本初発表、トータルコーディネイト(帝国ホテル)。 |
| 1981 |
「曽根あけみレディースビューティーアカデミー」開校。
きものモデル・ファッションモデルの育成。
きものショーのコーディネイト、演出、プロデュース。
歌手、女優、タレントの衣裳コーディネーターとしてテレビ、舞台、CM、その他のジャンルで活躍。 |
| 1976 |
ミュージックリサーチ社にて、音楽ジャーナリストとして活躍。 |
| 1973 |
京都にてきものを学ぶ。 |
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